入院生活

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小児がん 入院中の僕を支えてくれたポケモン

このブログの主人公はさかなです。急性骨髄性白血病と闘いながら、中学受験に挑みました。2度の骨髄移植を乗り越え、関西の難関中学に合格。そんな経験をもとに、受験勉強や闘病生活に関する情報を発信するブログです。こんにちは!僕の名前は「さかな」です。僕は、ポケモンが大好きです。switchでポケモンゲームをすることはもちろんのこと、ポケモンカードや、ポケモンのグッズなどを集めることも大好きです。先月、ポケモンの新作「スカーレット・バイオレット」が発売されました。父親も、弟もやっています。今日は、僕の生活にポケモンがどのように溶け込んでいるのか紹介します。
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子どもに薬を飲ませる方法 飲まない時の解決法

このブログの主人公は「さかな」です。急性骨髄性白血病と闘いながら、中学受験に挑みました。その結果、関西の難関中学に合格。そんな経験をもとに、受験勉強や闘病生活に関する情報を発信するブログです。こんにちは。「さかな」です。僕は、小学校に入る前に白血病と診断され入院しました。一度目の入院は、年長の時の1月から半年間。2度目の入院は、小学1年生の10月から7か月間。3度目の入院は、小学4年生の10月から7か月間でした。僕が入院中、苦労したのが「バクタ」という苦い薬を飲むことです。特に一度目の入院の時は、僕自身が小さかったため、バクタを含め薬を飲むことにとても苦労しました。そんな僕が、薬が嫌だった時の解決法として効果的だったのが、お菓子を用意して薬を飲んだ後にすぐにお菓子を食べるでした。
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我が子が小児がん 父親の付き添い生活

このブログの主人公はさかなです。急性骨髄性白血病と闘いながら、中学受験に挑みました。 2度の骨髄移植を乗り越え、関西の難関中学に合格。そんな経験をもとに、受験勉強や闘病生活に関する情報を発信するブログです。こんにちは!「さかなの父」です。子どもが入院中、私は、仕事をしながら付き添いをしていました。(約半年)ずっと、子どもの側にいてあげたかったのですが、やはり、働かないとお金が入ってこないので、時短勤務を取り、働くという選択をしました。我が家には、さかなと3歳離れた弟もおり、妻は働いていたので、妻が家にいて、私が病院で付き添いをすることになりました。
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骨髄移植に伴う副作用 GVHD

このブログの主人公です。僕は、急性骨髄性白血病と闘いながら、中学受験に挑みました。<その結果、関西の難関中学に合格しました。そんな経験をもとに、受験勉強や闘病生活に関する情報を発信するブログです。さかなは、小学2年生の時、小学4年生の時に骨髄移植を受けました。今は中学1年生。今は、普段通り生活できていて、自覚症状はほどんどありません。(生活に支障がないくらいの小さなGVHDはありますが。)僕が移植後すぐに現れた症状は、口内炎、膀胱炎、肌荒れでした。
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入院中 貰ってうれしかったもの

僕の名前は「さかな」です。このブログの主人公です。僕は、急性骨髄性白血病と闘いながら、中学受験に挑みました。その結果、関西の難関中学に合格。そんな経験をもとに、受験勉強や闘病生活に関する情報を発信するブログです。こんにちは。僕は、入院中いろいろなプレゼントや贈り物をもらいました。僕が貰ってうれしかった物をランキングで紹介します。
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骨髄移植後、食べれてうれしかったものとは?

このブログの主人公はさかなです。急性骨髄性白血病と闘いながら、中学受験に挑みました。その結果、関西の難関中学に合格。そんな経験をもとに、受験勉強や闘病生活に関する情報を発信するブログです。こんにちは。「さかな」です。僕は、骨髄移植をした後、しばらくは、病院食しか食べてはいけませんでした。移植してから1月後あたりから、徐々にお医者さんから食べていいよと言われるものが出てきました。今日は、お医者さんから許可が出てうれしかった食べ物、トップ3を紹介します。
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小児がん 親の付き添い生活 睡眠対策

このブログの主人公はさかなです。さかなは、白血病と闘いながら、中学受験に挑みました。その結果、関西の難関中学に合格しました。そんな経験をもとに、中学受験や白血病の闘病に関する情報発信をするブログです。小児がんになる確率、約1万人に1人。小児がんと診断を受ける子ども年間約2千人から2千5百人。子どもが小さければ小さいほど、入院生活を一人で送ることは不可能で、親の付き添いが必要です。我が家でも、5歳の時に白血病と診断を受け、10歳の時に再発と宣告を受け、入院生活を余儀なくされており、それにともない親が付きそうこととなりました。入院生活の付き添いを通して、困ったことの上位は睡眠です。そこで、我が家ではどのようにして、付添人である両親が睡眠を確保するためどのようにしていたのかお話しします。
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ハプロ移植 ドナー体験談

このブログの主人公はさかなです。白血病と闘いながら、中学受験に挑みました。その結果、関西の難関中学に合格。そんな経験をもとに、受験勉強や闘病生活に関する情報を発信するブログです。今日は、さかなの母親である私が、ハプロ移植時のドナー体験を語ります。さかなは、私がドナーになる前に、一度、骨髄バンクを通じで、知らない人から骨髄液を貰い、移植しています。しかし、白血病が再発してしまったために、再度移植することとなったのですが、医師との話で、ハプロ移植(白血球の型(HLA)が半分しか合致していない人からの移植)となりました。私か夫かという選択になりましたが、やや私の方がさかなと血液の型がマッチしていたため、私がドナーとなることが決まりました。
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白血病 退院後の食生活

このブログの主人公はさかなです。白血病と闘いながら、中学受験に挑みました。その結果、関西の難関中学に合格。そんな経験をもとに情報発信をするブログです。今日は,さかなが骨髄移植をしてからの食生活、退院後の食生活について話します。さかなは、退院後は、しばらく、納豆などの菌類、刺身などの動物性生もの。比較的厚い皮に覆われていないフルーツ。スーパーやコンビニなどで作り置きしてあるものは食べることができませんでした。我が家で一番食べていたものは「鍋」です。
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小学校入学前に白血病を発症した我が子。子どもが小学校卒業し親としての思い

先日、我が子が小学校を卒業しました。振り返ると、小学校に入学前の1月、急性骨髄性白血病を発症しました。最初は、医師からの言葉に耳を疑いました。現実で起きていることとは認めたくない、何かの夢であってくれと何度思ったことか。そこから、長い闘病生活が始まりました。急性骨髄性白血病と診断された、その日にすぐ入院し、治療のため部屋から一歩も出れない日々が始まりました。そのため、さかなは、小学校の入学式を、病院の部屋で行いました。そこから、夏休みまで治療を続け、夏休み期間中に退院し、2学期から学校に通い時始めました。始めは、友達ができるのだろうか、勉強についていけるのだろうとかと親として不安でいっぱいでしたが、毎日楽しそうに学校に通っていました。しかし、10月に白血病再発。。。。もう言葉にも言い表せないほどの、悲しくつらい思いでした。その後、ドナーさん協力のもと骨髄移植をし、小学校2年生時の6月ころ退院。2年生の2学期から、小学校に復学しました。病気も落ち着き、普段の生活を取り戻しかけていた矢先、2度目の再発が発覚。移植から約2年、4年生の2学期の出来ごとです。骨髄移植をしてから2年が経過してからの再発に、私たちは暗闇にいきなり放り込まれたような気分でした。そこから、三度目の7か月間のつらい闘病生活。幸いにも、予定通り、治療は進み、さかなは5年の6月から、また学校に通い始め、この度卒業式を迎えることができました。