前受校本番
年の瀬が迫るころ、街はすでにお正月の準備で慌ただしかった。
そんな中、我が家ではいつもと少し違う緊張感が漂っていた。
それは、吾郎が人生で初めて受ける入試の日が、いよいよ目前に迫っていたからだった。
浜学園のお世話係さんから「必ず前受校を受けるように」と言われ、その学校もアドバイスを貰って決めた。
東海地方に本校がある私立中学の「前受け校」。
本命に向けての“練習”として吾郎が挑む初めての入試だ。
ただ、普通の前受けとは少し違っていた。
——試験会場が、吾郎が普段通っている浜学園の教室だったのだ。
つまり、彼にとっては、毎週通い慣れた場所での“本番”。
それはありがたいことではあったけれど、私には不安があった。
——「本番」の空気を、ちゃんと感じられるだろうか?
慣れた環境だからこそ、かえって気が緩んでしまわないか。
本番特有の緊張感を経験するには、やはり別の場所の方がよかったのではないか——
そんな思いを、私はずっと胸の中に抱えていた。
試験当日の朝。
できるだけいつもと変わらない朝を過ごすように心がけた。
吾郎は朝から「緊張する」と言っていた。
ただ、いつもの明るい感じなので、体調的には問題ない。。
試験会場へと向かう車の中。
後部座席で「あ~、何出るやろ。」と言いながら、ゴロゴロしている。
会場へ到着すると、他の塾仲間もぞろぞろと、塾の中に入って行った。
「いってらっしゃい」
と元気に送り出した。
吾郎は「行ってくる」と言い、駆け足で会場に入っていた。
——落ち着いて、力を出せますように。。
祈りながらも、本番ではないという気持ちが、私の緊張感を和らげていた。
数時間後、試験を終えた吾郎が出てきた。
「どうだった?」
そう聞くと、吾郎は少し苦笑いを浮かべて答えた。
「算数、ちょっとむずかった。でも理科はけっこうできたと思う」
それ以上のことは、私は聞かず、帰路を急いだ。
前受校の合格発表
そして数日後、結果はインタネットで確認できる。
結果は——合格。
吾郎にとっては、初めての入試で「受かる」という経験を得たことが、大きな自信になったようだった。
「あ~うれし」
親としても本人としても、正直この学校には行くことはないだろうと思いながら受けたが、合格ということを勝ち得たことは吾郎にとって大きな収穫に感じた。
年が明け、本命校の入試がいよいよ近づいてきている。
この日、いつもの教室で“本番”を経験した吾郎は、ひとまわり大きくなって、確実に前へと歩き出している——そう思えるのだ。


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