運命の公開学力テスト
夏休みが始まる前のある日。塾から帰ってきた吾郎のリュックの中から、一枚のプリントが出てきた。
それは、夏期講習の案内だった。
吾郎が目指すのは、最難関中学。
そのためには、夏期講習でも上位クラスにいなければならないと考えていた。
浜学園の夏期講習には「Mコース」という、最難関中学を狙うための講座がある。
最難関校を目指す吾郎にとって、この講座の受講は必要不可欠だった。
この講座を受講するには、偏差値56が必要。
6月・7月の公開学力テスト、または6月の合否判定テストの結果で基準を満たさなければならない。
親としても、吾郎が目指す中学に合格するためにはMコースが必須だと考えていた。
しかし、吾郎の心の奥底には、少し違う思いがあったようだ。
吾郎は6年生になってからVクラスに在籍している。
クラスの大半の生徒は、当然のようにMコースを受講するだろう。
もし、自分だけMコースに入れなかったら──
「Vクラスなのに、Mコースじゃないんだ」と思われるのが嫌だった。
子ども心としては当然のことだった。
6月の公開学力テストの偏差値は平均54。
合否判定模試は55。
あと2ポイント足りない。
追い詰められた状況だった。
さらに、ここからは日曜志望校別特訓のクラス分けも絡んでくる。
吾郎が受講したいクラスの基準も偏差値56。
7月の公開学力テストで、なんとしても基準を突破しなければならない。
だが、吾郎は苦戦していた。
Vクラスの算数の復習テストの点数が伸びず、算数の宿題に多くの時間を費やしていた。
そのせいで、公開学力テストの対策に手が回らなかった。
結局、公開学力テストの対策という対策は一切できずじまい。
通常授業に追われる日々の中、迎えた7月第2日曜日。
運命の公開学力テスト。
「得意な単元が出ますように」と、親子そろって祈った。
テスト終了後、自己採点。
悪くはない。
だが、まだ結果は分からない。
基準クリアなるも・・・・
公開学力テストの結果発表が行われる水曜日の夜。
リビングにiPadを持ち寄り、浜学園のサイトにログイン。
家族全員が、わくわくと緊張が入り混じる気持ちで「成績閲覧」のボタンを押した。
その瞬間──
「58」という数字が目に飛び込んできた。
「やった!」
そう思った次の瞬間、吾郎がiPadを持って部屋の片隅へ走り去った。
まずは、自分自身でしっかりと確認するためだ。
吾郎は、自分以外の誰かが先に成績を見るのを嫌う。
この時も、誰にも見せないようにiPadを持ち、部屋の隅へと急いだ。
だが、つい私は強い口調で言ってしまった。
「おい!見えんやんか!」
偏差値58と見えた気がしたが、確信が持てないまま吾郎がiPadを持って行ってしまった。
その苛立ちが、思わず言葉に出てしまったのだ。
すると──
吾郎は、ぽろぽろと涙をこぼした。
「なんで自分の成績を先に見たらあかんのよ……」
そう言って、iPadを差し出した。
画面には、確かに偏差値58の数字があった。
基準の56を、しっかりと超えていた。
「よかった!」
だが、吾郎の涙は止まらなかった。
その後も拗ねてしまい、その日は一日中機嫌が直らなかった。
受講資格をクリアし、本来なら喜ばしいはずの日。
しかし、後味の悪い結果発表日となってしまった──。


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