【第28話】過去問やれど手応え掴めず

中学受験リアルストーリー

第一志望校の過去問にチャレンジ

夏の終わりが近づくころ、浜学園に通う小6の吾郎は、第一志望校の過去問演習に本格的に取り組み始めた。

”過去問10年分を最低3周はやる”と吾郎と決めた。

浜学年から東大理Ⅲに子ども全員を合格させた〇〇ママのの影響だ。

まずは一周目。

「1回目は時間を測ってやってみよう」

時計をスタートさせ、算数の問題に取りかかる。

がやはり思うように解法が思い浮かばない。

親から見て似たような問題は塾で解いてきたように思うが解けない。

手が止まる時間が増えていった。

「うーん……これ、どこから手をつければいいんだ?」

一回目の算数は全く歯が立たない。

まだ時間があるしと言いながら励ました。

1回目は、このようなことが続いた。

過去問を解いた後は、塾に持って行って、塾の先生に解法を教えてもらった。

これを繰り返した。

2周目。

国語は2周目の意味があまりないと言われたので、算数と理科だけ、10月ころから2周目をやり始めた。

当然、点数は上がる。

しかし、合格点には届かない。

同じ問題にも関わらず、届かない。

解いたはずの問題でも「これ、また間違えたのか……」という場面が増えていた。

”たしかに傾向はわかる。でも、できるようになってる感じがしない……”

そんな思いを抱えたまま、毎回過去問に取り組む。

ただ、次第に日曜志望校別特訓の宿題で、過去問に似たような問題が出てくる。

その時にいつも「あ、これあった」と吾郎が嬉しそうにする姿を見てうれしく思う。

3回目。

12月ころから重点的に算数の間違っている部分のみやっていく。

同じ問題を3回解くと、機械的に解いているので、正解はする。

ただ、浜学園で行われる、最難関校の模試では、なかなか、思うように算数の点数が伸びない。

それでも、吾郎は、少しでも算数の点数を伸ばそうと、算数の授業後には、いつも先生に聞きに行っていた。

授業が終わっても出てこない息子。

迎えに行ってもずっと待っている、この時間が無駄にならないようにと願いながら、いつか実を結ぶと信じる。

がんばれ吾郎。

吾郎はきっと、「できるようになった」と思える瞬間に出会えるはずだ。

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